〇まだまだ、ITに「理解」がある中小企業の経営者は少ない
私は、これまでユーザ、経営者、監査人の立場でシステムに向き合っていました。そして、この7月からは業務上で活用するシステムを「企画、開発、運用、保守」するスタッフをマネジメントする立場になりました。一人で、これだけさまざまな視点からシステムに関わることができるのは稀だと思います。そのような視点を生かして、これから具体的なエピソードをご紹介しつつ、ITと経営の関わりについて、皆さんと一緒に考えてみます。
まず、私が役員を担当している三セクの会社は、取締役会の招集通知を郵送しています。出席の返事はハガキに手書きで記入し、投函しなければいけません。また、取締役会の議事録も押印が必要なので、終了後、担当者が印刷・製本した議事録を携え、私の事務所に訪問します。
次に、会社ではありませんが、私が所属しているロータリークラブのウェブサイトは10年以上メンテナンスしていませんでした。https対応していないことから、最近では接続するとブラウザ上に警告が出るようになりました。またレスポンシブデザインではないので、スマホでアクセスすると読みにくいです。メールサーバの設定にも問題があり、迷惑メール判定率が高まってしまっています。
また、私は、仕事柄、商工会議所の会合に頻繁に出席し、研修や講演も担当しています。聞き手の反応を見る限り、残念なことですが、「ITが得意」「システム部門と連携してDXやデジタル化を進めている」という経営者にはほとんど出会いません。商工会議所では、加盟企業向けにデジタル化の支援(専門家派遣等を含む)の仕組みを提供していますが、同じく活用する組織は多いとは言えません。
このようなエピソードはありふれた話だと思いますが、皆さんの身の回りはいかがでしょうか?
〇なぜ、国内でデジタル化が進まないのだろうか。
前述した状態になってしまう原因を考えてみましょう。よく言われるのが、まず、事務の担当者が新しい仕組みを取り入れたくない、システムに対してのアレルギーがある。システム担当者が多忙で問題点に気づいていないとか、経営者に問題点を報告しにくい。また、急激にクラウド化、スマホの普及の動きが高まり、対応に苦慮している…といった話はよく聞きます。私も実際に体験してきました。
さまざまな背景があるのですが、そういった状況になってしまう根本的な原因は経営者や組織の代表者が、IT担当者とコミュニケーションが十分に取れていない、IT利活用の大切さについて気づいていない、ということに尽きると思っています。
〇経営者が「IT」の大切さを理解するためにどうすればよいか。
ある組織において、特定業務をデジタル化するときに、さまざまなステークホルダーとの調整が必要になります。前述した事例に基づいて説明しますと、取締役会の招集通知や議事録押印をデジタル化するプロジェクトを始めたとします。まず、自らの組織の社長や総務部門との調整が必要です。場合によっては顧問弁護士への相談も必要でしょう。SaaSを導入しようという結論が出たら、どの製品がよいか、予算はどの程度必要か、社内調整を進める必要があります。ある程度規模が大きい組織の場合は、総務部門の担当者の理解を得る必要がありますし、社内規程の改定の手続も必要です。また、取締役に実際の操作を説明しなければなりません。経営者、IT部門内、社内外のステークホルダー、ベンダとの交渉が必要というわけです。
交渉と書きましたが、もう少しリアルな例を書いてみましょう。まず、経営者は、SaaSを導入するとお金がかかる、外部からシステムにアクセスするとウイルスに感染するリスクが高まる、今の業務フローで誰も困っていないから無理に導入する必要はない、などとの反応があるかもしれません。IT部門では、どの製品がいいか適切な判断をする自信がない、といった意見が出てくるでしょう。ユーザは、特にベテラン社員を中心に、今の仕事を変える必要はない、操作が難しそうといった意見が出てくるでしょう。
これらのさまざまな意見や主張を一度受け入れ、会社の投資余力や既存のシステムの制約等を考慮したうえでIT戦略を明確化するためには、さまざまな専門知識や能力が必要になりますが、私はITコーディネータが活躍できる可能性が高いと考えています。
〇どのように解決していくか
これまで述べたようにデジタル化を実現していく過程で、多くの難しい問題が表面化しますが、諦めてしまうと、業務の改善は実現しません。10年、20年、同じ作業を繰り返して、イノベーションがわきにくい職場になってしまいます。新入社員、転職してきた社員が、そのような職場の雰囲気を肌で感じてどのように思うでしょうか?デジタル化を進めていくためにはキーマンが関係者を説得していくことが大事です。拙い内容で恐縮ですが、私の取り組み内容をご紹介します。別途ご紹介する愛知県中小企業デジタル化実証実験の資料も合わせてお読みいただけると幸いです。
豊橋ステーションビルにおいては、スタッフ相互、スタッフとテナントとの連絡は、基本的に紙が基本でした。ネットやメールにアクセスできる環境を整備しているテナントは多かったものの、定期的に情報にアクセスする必要性を感じていなかったことから、メールを用いて連絡することは難しい状況でした。
私が着任後、チャットツール(LINE WORKS)の導入を進め、一斉の伝達事項は掲示板を見ること、個別の連絡についてはできるだけ早く閲覧することといった方針を明確に伝えることにしました。
当初は、メールとチャットツールの使い勝手が違う、頻繁にネットにアクセスすることは難しいなどの反対意見が多く出されました。しかし、私は、コロナ禍でもあったことから、「対面の打ち合わせを減らし、感染のリスクを軽減したい。テナントが事務所に来る頻度を減らすと、売上向上の可能性が高まる」と繰り返し言い続けました。また、チャットツールの導入が心配というスタッフには、「LINEを使ったことがあるか、チャットツールはLINEと同じような使い勝手だよ」と伝えました。その結果、多くの関係者が理解し、今では業務連絡の大半をLINE WORKSに置き換えることができました。社員およびテナントの満足度も高い水準を維持できています。
〇ITに「理解」がある経営者を増やしたい!
わざわざ「理解」と鍵括弧をつけてみました。一般的に、ITに理解がある、と表現すると、IT技術に詳しい、プログラミングができる、生成AIを使いこなせるというイメージになるかもしれません。
しかし、私は、経営者にとって、必ずしもITに関する実務的、専門的な知識は必須ではないと考えています。(もちろん詳しければ、鬼に金棒ですが)それよりも、現状の仕組みを「変えていくこと」の大切さ、さらには「変えていく」際にIT技術を活用することの大切さを「理解」することが本質だと思います。
特に中小企業の場合には、社内にITの専門家が少ないケースが多いです。そういった環境下で、経営者が短期間でITを「理解」するためには、ITコーディネータのような専門職に相談することが近道です。もちろん、相談して、言いなりになっているだけでは、経営者の理解度も高まりませんし、自社のシステム担当者の力量は伸びません。そのため、行政などが提供している研修プログラムなどを活用して、継続的に担当者の力量をつける取り組みも必要になります。具体的には、IPAのスキル標準などを参考に、自社で必要とするIT人材の定義を明確にして、システム担当者の能力を伸ばしていく仕掛けを作ることが望ましいです。これら一連の取り組みを通じて、担当者がITに詳しいことに加え、経営的センス(≒IT経営の理解)を身につけることに成功すると、経営層とシステム担当とのコミュニケーションが深まります。社内ITCの育成も効果的です。
自社の事業展開に適合したIT人材を計画的に増やし、これらIT人材が経営者と定期的に対話する習慣が定着することが、ITに「理解」がある経営者を増やすことに直結すると考えるものです。
執筆者
浅野 卓(アサノタカシ)
Takashi Asano
所属
株式会社サーラビジネスソリューションズ 常務取締役
株式会社サーラコーポレーション 理事(地域貢献)
株式会社豊橋まちなか活性化センター 専務取締役
豊橋駐車場株式会社 取締役
豊橋観光コンベンション協会 理事
NPO)日本システム監査人協会 理事 同協会 中部支部副支部長 同協会 情報SEC監査研究会 座長
豊橋北ロータリークラブ所属(2023-24 職業奉仕委員長)
(前職)
豊橋ステーションビル株式会社 代表取締役社長
豊橋商工会議所 小売商業部会長
自己紹介・経歴
1967年生まれ 東京都出身 京都大学法学部、放送大学教養学部(情報、社会と産業、人間と文化コース)卒業 京都市在住
JR東海監査部長、同社子会社の豊橋ステーションビル株式会社代表取締役社長を経て、2024年7月に株式会社サーラビジネスソリューションズ常務取締役に就任。その他、豊橋市関連のさまざまな役職に就いている。
内部監査、システム監査等の実務経験が豊富。豊橋ステーションビル在職中には、愛知県中小企業デジタル実証実験、manabiDXQuest等にも参画し、さまざまな社内業務のデジタル化にも取り組む。具体的な取り組み成果は以下のサイトを参照のこと。
https://www.pref.aichi.jp/uploaded/attachment/505310.pdf
https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/jinzai/Results_of_Collaborations_with_Companies_2023.pdf
現在は、サーラグループ全体のDX戦略の策定、グループ各社のデジタル化に取り組みつつ、これまでの職務経験やスキルを活かし、デジタル技術やさまざまなデータを活用した地域活性化の具体化にも取り組んでいる。
保有資格
•ITコーディネータ(DX認定サポータ)
•公認内部監査人(CIA)
•公認システム監査人(CSA) 他
講演実績
日本内部監査協会、ISACA名古屋、ITC京都・ちば、CSAフォーラム(日本システム監査人協会)
事業構想大学院大学、恵泉女学園大学、大正大学、中京大学
東三河懇話会 (https://www.konwakai.jp/2024/07/16/salon477/)
他 多数