京都市内も中心部を離れると、住宅の並ぶなかに農地があります。ふだんの暮らしのなかで、農家の軒先で売られている野菜を買うこともあれば、畑の土が陽をあびて蒸気を立ちあげている光景を見つつ仕事に向かう朝があったりもします。
野菜や果物などを生産するというだけでない何かがあります。農業に限りません。例えば、街のパン屋の店先に溢れてくる焼き立ての香りなどもそうでしょう。その土地、その地域の心地よさがそこにはあるようです。
ITコーデネータ京都が「農業分野におけるIT活用の現状と課題 〜食の産業化に向けたITの役割〜」と題したセミナーを開いたのは2011年7月のこと。数名で、JAあいち中央の皆さんのお世話になって西三河へ視察に行くなどしつつ、農業とITについての研究を試みていました。セミナーはその研究途上での報告。農業をはじめとする1次産業において、ビジネスの創出、展開のためにITが活用されている当時の事例を取り上げて、生産情報系、オートメーション系、流通情報系、販売プロモーション系といった視点で行う報告が、私の担当でした。
NTTドコモのFOMA端末としてBlackBerryが日本国内で販売開始されたのが2006年、iPhoneの日本での登場が2007年。すでにスマートフォンはあったものの4Gの通信環境の普及は2015年から。このセミナーの頃は、まだ主役は「ケータイ」でした。もちろん、まだガラケーとは呼ばれていないころ。ケータイというデバイスは、さまざまな場面で情報ネットワークの端末となり、コンピューティングの環境を得るためのツールとなる位置にいました。
その頃の農林水産省の資料で描かれていたのは、次のようなイメージです。
図1 農林水産省 2009年農政改革特命チーム報告資料より
このイメージの「産直ケータイネット」にある、「消費地に居ながらにして、産地の農作物を直接手に入れたり、生産者などのことを知ったりする」ことは、「流通マルチネット」という面も含め、生産地と消費地をつなぐ仕組みや流通の仕組みで新たなかたちが生まれています。SNS(Social Networking Service)によるネット上での関係性の拡大や、オイシックス、食べチョク、ポケットマルシェといった農産物通販による拡販などです。
デバイスやインフラとして、スマートフォンや、4G、5Gといった高速大容量通信網が登場したこと、また、WEB利用の多様化、SNSの広がりなどが、そうした新たなかたちを生むもととなったことでしょうし、さらに、Covid19禍での行動制限が、ネット、リモート利用の拡大を推し進めたといったといった面も記憶に新しいことです。
なお、「流通」について、ここで取り上げられていないのは、農産物流通のメインストリームである市場(いちば)流通、卸売市場の課題です。デジタル化による変革での課題解決が期待される重要な課題です。
農林水産省 卸売市場情報
https://www.maff.go.jp/j/shokusan/sijyo/info/index.html#seido
「生産フィールド」では、データの取得という面だけが描かれています。ケータイを主にしたイメージということもあるのですが、それを抜きにしても、この当時はまだ、センサーで状態を把握し、人の手を介さずに機器をコンピューティングで操作するIoT(Internet of Things )は、農業分野において現実味があるとは言えませんでした。
そうしたなか農林水産省が立ち上げたのが「スマート農業の実現に向けた研究会」。2013年のことで、「ロボット技術利用で先行する企業やIT企業等に協力を求めて、ロボット技術やICTを活用した超省力・高品質生産を実現しよう」というものでした。
そして、2024年には、「農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律(スマート農業技術活用促進法)」といった法律も施行されるに至っています。
農林水産省 スマート農業
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/
農業生産では、計測の難しさがいろいろと言われます。気象の変化、土壌の変化、病害虫など、変化する要素が多く、蓄積データから有効な情報を取り出すことの困難さも、さまざまに取り上げられます。投資に対して採算が取れるのはどういった規模かという課題も、まだまだあります。
いっぽうで、ハウス施設で栽培をする分野では、コンピューティングによる「統合環境制御技術」を用いて屋内環境を理想化しての生産が着実に実績を積んでいます。
環境の制御ができない屋外での栽培でも、さまざまなセンシングによるデータ収集などへの取り組みがあります。
図2 スマート農業技術活用促進法 参考資料
工業生産でのIOT分野では、例えば、機械設備の外観や振動、打音などによる、その状態の判断を、コンピューティングに置き換える積極的な流れがあります。これまででは熟練工のスキルとされて来たことの置き換えです。そのなかには、技術承継が困難とされて来たものも含まれます。農業生産でも、同様の流れを求めていくことになります。
生産人口の減少が進むなかで、「食」を確保するために、農業が、他の製造業と同じように、IOTによる合理化、能率の向上を図っていかなければならないことは、間違いありません。合わせて、「良いものをより安く」とは異なる理念も当然に必要です。
なお、農業が持つ「多面的機能」といった捉え方も、あらためて認識しておきたいところです。例えば、国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承など様々なはたらきが、農業・農村の多面的機能として取り上げられています。都市農業でも、都市部にあるが故の多面的な機能があると考えられています。
食糧の確保、食料の供給といった農業の主となるはたらきと重なりつつ、こうした多面的機能は、異なる価値を生むはたらきです。農業について考えるとき、どちらかに無用に比重を偏らせたり、また、これらを混同して考えてしまったりしていないか、意識の持ちかたも大切です。
参考文献
センシング技術の普及とこれからの社会
一般社団法人次世代センサ協議会
https://www.jisedaisensor.org/PDF/J30sensor.pdf
「農業ICTデータの効果的活用」事例
株式会社日本能率協会コンサルティング
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-136.pdf
◆執筆者プロフィール
松井宏次(マツイ ヒロツグ)
ITコーディネータ京都 会員
中小企業診断士 ITコーディネータ
農業ビジネスセンター京都コーディネーター