はじめに
人手不足や労働生産性の課題を抱える中小規模の製造業では、これまでITの導入が進みにくい状況が続いていました。しかし、現在はデジタル技術の進化により、中小企業でも手軽にデジタル化に取り組める環境が整ってきています。最新のデジタル技術を上手に活用することで、労働生産性を高め、新たな付加価値を生み出し、さらなる成長も期待できます。
ただし、人材や資金に制約がある中小規模の製造業においては、デジタル化を進めるうえで、以下の3つのポイントを押さえた取り組みが重要になります。
デジタル化を成功させる3つのポイント
1. 小さな成功体験を積み重ねる
2. 推進のキーパーソンを育てる
3. 進化のスピードに対応するための相談相手を確保する
中小規模の製造業におけるデジタル化
(1)なぜ中小製造業でデジタル化を進めるべきか?課題と必要性
・人手不足と高齢化
製造業の労働人口は減少を続けており、特に従業員20人以下の小規模事業者では、その減少が顕著です(図1.参照)。2012年から2021年の10年間で約25%も減少しており人手不足が深刻化しています。そのため、中小製造業においてはデジタル化による業務効率化が急務となっていると言えます。
図1.製造業の労働人口推移(2012~2021)
・低い労働生産性
企業規模別の労働生産性を見ると、中小規模の企業は大企業に比べて全体として生産性が低い状況です。しかし、一部の中小企業(90%タイル:生産性上位10%)は、大企業の中央値を上回る生産性を実現しています(図2参照)。デジタル化による業務効率化を進めることで、こうした高生産性企業に近づくことが可能になります。
図2.企業規模別労働生産性(2023) 出展:中小企業庁HPより
・デジタル化による生産性向上
中小企業においては、自社の強みに特化した成長戦略を描き、付加価値の高い製品・サービスへのシフトと並行して、デジタル化による生産性向上が不可欠です。
製造業における生産性は、製造プロセスの生産性だけでなく、部品・資材の調達、外注先との連携、受注・販売・出荷業務など、多くの業務の標準化や情報連携が鍵を握ります。そのため、データ活用も含めたデジタル化は、中小企業においても最優先課題となっています。
・デジタル人材の必要性
中小企業では、大企業のように機能ごとに専門部署を設けることが難しく、少数のメンバーが業務を担うケースが多くなります。そのため、業務の属人化や高齢化といった問題が発生しがちです。今後の人材戦略としては、デジタル技術を活用して業務を変革できる人材の育成・採用が重要になります。同時に、技術・ノウハウのデータ化や経営の透明化も求められています。
・デジタル化を進める企業風土づくり
中小企業が競争力を維持するためには、デジタル技術を活用する企業風土をつくりあげ、付加価値の高い事業経営を実現していくことが求められます。
(2) デジタル化の環境変化
これまで、中小企業のIT化は初期投資の大きさや人材不足のために進みにく い状況にありました。しかし、最近では以下のような変化が起こっています。
o SaaS型ツールの拡大により、初期投資が最小限に抑えられる
o ノーコード・ローコードツールの普及により、柔軟なシステム構築が可能になる
o クラウド上でデータを管理し、関係部門間での共有が容易になる
o スマートフォンやタブレットを使ってデータ活用範囲が広がる
このように、デジタル化のハードルが格段に下がり、適用範囲も広がってい ます。
(3) デジタル化によって期待される効果
1. 労働生産性の向上
製造プロセスの見える化が進み、QCDの課題解決につながる
2. 人材の育成と活用
生産性の高い職場環境でワークライフバランスが向上し、社員の成長 機会が増える
3.社内外とのコミュニケーション改善、データ・情報連係の進化
情報共有が進み、組織全体の意思疎通が向上する
(4) 中小規模の製造業において取り組みやすいデジタル化の事例
1. 製造現場の見える化
事例:製造現場における生産実績、品質状況などをデジタル化
タブレットを活用し、生産・品質情報をリアルタイム入力。社員コードや製品コードについてはQRコードを活用し、データの蓄積と共有を進めていきました。
蓄積されたデータから社員毎、製品毎の工数・生産性を評価し、現場改善や生産リードタイムの分析にもつながりました。
2. 労務管理と社内コミュニケーション
事例:勤怠管理システムとコミュニケーションツールの導入
従来タイムカードの出退勤管理では、リーダーが手作業で集計し、多くの時間が取られていましたが、新たに勤怠管理システムを導入することで、出退勤データの自動記録・集計が可能になりました。
さらに、社内にコミュニケーションツール導入することで社内情報の発信や職場内の情報共有が円滑になり、デジタル化に対する社内の意識改革も進みました。
3.中小企業共通EDI標準に準拠したデータ連携システムの導入
事例:国や地方自治体の助成金を活用し、取引先とのデータ連携を実 現。スムーズにデジタル化を開始することができました。
(5) デジタル化成功のための3つのポイント
1. 小さな成功体験を積み重ねる
デジタル化を定着させるには、小さな成功体験の積み重ねが重要です。身近な業務からデジタル化を進めることで、社員が実感しやすくなります。SaaS型ツールの無料トライアルを活用しながら、自社に適したものを選定し、無理なくデジタル化を推進しましょう。
2. デジタル化のキーパーソンを育成する
システム導入時にリーダーを任命し、成功体験を積ませることで、デジタル人材を育成できます。現場に精通した社員がクラウド環境やセキュリティー、データ管理の知識を習得することで、次のステップに向けた推進役として活躍できるようになります。
3. 相談相手・アドバイザーの活用
デジタル技術は日々進化しており、自社の課題に適したシステムを選定するためには、外部の専門家の活用が有効です。ITコーディネータなど、デジタル化と経営課題の両方に精通した専門家を活用することで、効率的にデジタル化を進めることができます。
(6) デジタル化を進めるうえでの注意点
1.SaaSの料金体系に注意が必要
・初期投資が安くても、契約ID数の追加でコスト増の可能性があります。
料金体系を精査し、適用範囲の拡大による追加料金の有無も確認必要です。
2.セキュリティー対策
・社内教育を行い、社員のリテラシーの向上を図ることが重要です。
また、データの取り扱いルールを策定し、適切な管理が必要です。
3.継続的な改善が必要
・導入後も運用状況をモニタリングし、定期的に成果や課題を評価して、適宜改善することが求められます。
まとめ
中小規模の製造業でも、多大な初期投資なしにデジタル化に取り組むことが可能になりました。デジタル化を進めるポイントは以下の3つです。
1.小さな成功体験を積み重ね、無理なく定着させる
2.デジタル化のキーパーソンを育成し、社内で推進できる体制をつくる
3.外部のアドバイザーを活用し、最新技術やシステムを適切に取り入れる
適切なシステム選定と段階的なデジタル化を進めることで、生産性向上を実現し、デジタル人材の育成とともに、事業成長につなげていくことが大切です。
執筆者プロフィール
安尾 典之(やすお のりゆき)
ITコーディネータ京都 理事(教育企画)
出身:山口県下関市
経歴:大阪大学大学院 工学研究科(溶接工学専攻)修了 工学修士
日立造船(現:カナデビア) 溶接ロボット開発
パナソニック 理事(生産技術、テレビ事業、海外会社(チェコ・タイ))
武蔵エンジニアリング 生産IT革新 担当
現在は建築土木会社でDX推進を担当
e-mail:noriyuki.yasuo@gmail.com